May,2024
LOOKとは何か、そこには何が表現されているべきなのか?そんな思いがありました。
通常LOOKBOOKというのはカタログ的な要素が強く、展示会においてバイヤーがオーダーを始める前にコレクションのムードや構成をモデルの着装状態で見る為に存在しています。
しかし展示会でフィッティングモデルを使用する現在において、バイヤーは実物の洋服をモデルに着せて見る事が出来、カタログ写真からそれを上回る情報を得る事は難しい。その中でLOOKBOOKの価値を再考しコレクションの構成というカタログ的情報以上の価値をその中に内包出来ないか考えていました。
CHRISTIAN BOLTANSKIの作品の面白さは、作品の為に写真を撮ることをせず収集した写真を全く別の意図(作品制作)の為に再利用する点にあります。つまり2次的3次的にイメージ(写真)が利用される際に元の写真が持っていた印象が変容していくという点です。
それを見た時に感じたのは現在の私たちの生活の中に溢れる情報やそこに含まれるアイデンティティーが様々な媒体を通して2次的、3次的に変化して届く事に似ているということでした。発信された場所では四角い形であったとしても、幾つかの伝達のレイヤーを通っていく内にその四角がだんだんと崩れて歪(いびつ)な楕円になっていく様なことです。
それ自体が良いのか悪いのかという点ではなく、そこで変化が起きているという事実が自分の興味を引きました。 そしてそれは私たちがこのシーズンを通して向き合ってきた“アイデンティティーがどの様に変容するのか、または変容してしまうのか”という視点に新しい考えを与えてくれました。
写真を二次利用するBOLTANSKIの作品
その様な考えから今シーズンのLOOKBOOKを1次的なアウトプット(印刷のみ)から離れて制作してみようと言う思いが生まれました。LOOK画像を2次的、3次的にアウトプットする事で元の画像が持つアイデンティティーを薄れさせ変容させていくというもの。
カタログとして洋服のディテールを見せるモノではなく、今シーズンのテーマを象徴する視点や自分達が向き合ってきた“アイデンティティーの変容”という主題を届ける為のLOOKBOOKがあっても良いのではないかと考えました。
またそれを見た人が何を感じその思いがどの様にコレクションの印象に影響するのかにも興味がありました。
そこで自分が信頼するフォトグラファー 東海林広太氏とこのコンセプトをどのように実現するかを話し合っていた時にフィルムを現像する過程で本来の工程の他に様々な現像工程(二次的視点)を取り入れてみてはどうかという提案がありました。
つまりモノクロのハーフトーン(網点)印刷をする際、データ化する過程で網点の比率を変えたり、印刷したものを更にスキャンしてスケールを変更し再度印刷する等、複写とスキャンを繰り返す事で元のアイデンティティーが変容し失われていくという方法です。
洋服であればそこに映った素材感や色、シルエット、モデルであれば表情や個性がそのイメージ(画像)から取り去られていき、また更にその画像に拡大プリント等を重ねていくと最終的にはその画像はただのドットになっていきます。そこにはLOOKBOOKのモデルの姿はなく、ドットの羅列の様な抽象画の様なイメージが残されます。
ドット状に変容したLOOK画像
LOOKBOOKの現像過程2次3次4次と加工を重ねる事で生まれた画像を集合させて展示をした時に非常に興味深かった事は、ドット状に変化した画像はその焦点が距離によってそれぞれ異なっているという点でした。
つまり大きなドットで構成されたイメージはそこからある一定の距離を取る事で画像がおぼろげに浮かび上がり、細かいドットで構成された画像はすぐ近くで画像を認識出来るという、距離と焦点の差が生み出す効果です。
イメージにより認識出来る焦点の距離が異なっている
それら焦点の違う画像が一面に並べられる時にある画像はぼやけ、またある画像はクリアに見えているという状況が起こります。
しかしそこから歩いて遠ざかると焦点が合う画像が変化し違う画像が見えてくる、つまり同じ画像群を見ていてもその人が立っている位置によって見えているモノが違っているという現象です。
パリ展では様々な国のバイヤー達とこの画像を通して話し合いました。
私たちが2次的、3次的に見ているもの、得ている情報はこのLOOKの様に本来の姿からは変容しているのではないかという点。
また私たちの立っている場所によってそれぞれが違う現実を見ているという事実についてなどを話しました。パリの百貨店のバイヤー、スイスのグラフィックデザイナー、NYのファッションコンサルタント、ウクライナのモデル、様々な人と意見や視点を交換する時間はとても有意義なものでした。
彼女達がこのLOOKBOOKを通して今期のコレクションに新しい価値を見出せたかどうかは分かりません。
しかし、洋服という最終的なプロダクトだけでなくその制作過程それぞれのプロセスにも表現の可能性があるという事、またLOOKBOOKがカタログ的情報以上の価値(視点やメッセージ)を持ち得るという事は感じてもらえたのではないかと思っています。
最近は作り上げるコレクションだけでなく制作プロセス、最初のコンセプト立案時の思考やそれを発展する過程、またLOOKBOOKのようにそれを記録する過程にも最終的に出来上がる洋服と同じ様な価値が存在しているのだと理解するようになりました。そしてそのいずれからも私たちは何かを感じ何かを見出す事が出来ます。そして私はAKIRANAKAというレーベルを通してその様々なプロセスに内在する価値をシェアして行きたいと思っています。
パリ展でのインスタレーション
今回の企画制作にあたり中心的な役割を担って頂き、現像にあたっては膨大なワークを快く進めて下さった作家でありフォトグラファーの東海林広太氏に心からの感謝を捧げたいと思います。